#652 私立大学受難の時代へ
毎日気温35度を超える猛暑日が日本各地で続いています。ここ大牟田市は有明海に面しているせいか、最高気温35度を超える日はそれほどありませんが、内陸部の大宰府や久留米、日田などは40度近い日があります。まさに猛暑・酷暑の夏本番です。県内の多くの小学校・中学校では17日に終業式を迎え、すでに夏休みが始まっています。しかし、以前の夏休みは8月31日まででしたが、校舎のエアコン設置が影響しているのしょうか、最近は8月の最終週に2学期が始まります。それでも子供たちにとって楽しい夏休みです。事故のないように遊んでもらいたいものです。
さて子供の数の減少に伴い、昨今私立大学は定員数を確保するのに苦労しています。定員不足の私立大学は半分以上に達しています。そこで現在財務省は私立大学の大幅削減を検討しています。今日はこれに関する記事を紹介します。
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『財務省『私大250校削減案』が真っ当な理由
「大卒レベル」の稼ぎを得られない「名ばかり大卒」を量産する不幸』
財務省は財政制度等審議会の分科会で、2040年までに私立大学を少なくとも「250校程度」(約4割)減らすべきだ、と指摘した。18歳人口が減少しているのに大学数は増えているのがその主な理由だが、資料には「四則演算・be動詞の活用を教えている大学もある」と記載され、話題になった。財政審の委員を務める日本総研の河村小百合主席研究員は「留学生・リカレント教育頼みで大学数・定員を維持しようとしていたのは無理筋。『大学全入』は悪平等で、結果として奨学金に苦しむ学生が急増している。高等教育政策は変わるべき」と喝破する。
<文科省も実はホッとした?>
──財務省が4月末に2040年までに私立大学を250校削減するべき、と提案しました。かねて河村さんは「日本には大学が多すぎる」と指摘していましたが、財務省が今回初めて数値目標を出したことをどう見ていますか。
河村小百合・日本総研主席研究員(以下、敬称略):文科省が反論しなかったことに、率直に驚きました。これまでは財政審で財務省が大学等の教育分野の改革のあり方について厳しく指摘すると、文科省が公式HPや大臣の記者会見等で猛烈に反論するのがお決まりの流れでした。
ところが、今回財務省が「250校程度」という数字を出したのにもかかわらず、これに対する明確な反論を避けました。
もしかしたら文科省も、今ではさすがに現状の大学過剰状態では持たないと思うようになり、でも自らの口からは「大学を減らせ」などと言いにくいため、財務省に代わりに言ってもらった可能性もあるのでは、という印象を私は受けました。
<日本は「名ばかり大卒」が多すぎる>
──大学が多すぎると、国にとってどんな不都合があるのでしょう。
河村:大前提として、日本の大卒資格は国際的に比較しても、競争力がありません。学生にとって不利益になっている可能性が、まず挙げられます。OECD諸国の中で、日本は「大卒なのに大卒以下の仕事に就いている人」が非常に多いことが分かります。
私は職業差別をしているわけではありません。むしろ、学歴に関係なく、それぞれの持ち場での役割が尊敬され、尊重されて、社会に貢献する付加価値で報酬が決まる世の中の方が健全だと思っています。しかも学生や親からしてみれば、せっかく高い学費を払って、場合によっては奨学金も背負っているのに、大卒でしか従事できない仕事に就けている人が少ないことから様々な問題が生じているのではないでしょうか。
なぜこんなことになっているのか。大学教育が内向きになり、実際の経済・社会活動に必要な人材を育ててこなかったからでしょう。あるいは、ゆとり教育開始以降、大学の数を増やしすぎて、「名ばかり大卒」が増えたことも関係しているかもしれません。
こうした状況について、ある大学関係者の方が「大学はこんなに良い教育をしているのに、それに見合った仕事をつくらない社会が悪い」と発言するのを耳にしたことがあります。社会のニーズを把握しようとせず、自分たちのしたい教育ばかりをしている。正直、唖然としましたが、これが日本の大学の現実です。
<カタカナの学部が急増したワケ>
──そもそも、なぜこんなに大学の数が増えてしまったのでしょう。
河村:一番大きいのはゆとり教育でしょう。受験戦争を緩和し、できるだけ多くの子どもに高等教育の門戸を開こうとしました。 そればかりでなく、日本の社会全体に「大学は誰でも入学できるようになるのが当然だ」とでもいうような“ゆがんだ平等志向”が拡がっていた点も大きかったと思います。
挙句の果てに到達したのが大学全入時代です。必ずしも4年制の大学に行く必要がなく、現場で早くから経験とスキルを積み上げた方がいいような職種もあるのに、猫も杓子も大学に行こう、となってしまった。
他方、大学側も収益は学生数に比例するので、いくら子どもの数が減っているのが分かっていても(自分たちの大学は)定員を削りたくない、となってしまった。教員の雇用を守りたいからです。
しかも、高等教育政策にかかわる文科省のさまざまな有識者会議では国内の大学関係者が目白押しで、経済界など社会全体の意見が通りにくい状況が続いていました。
その結果、教育内容が必ずしも明確ではなく、単に時流にのるような国際○○学部やカタカナの学部が乱立することとなります。さらに驚くべきは、2018年に至っても、まだ文科省・大学は「留学生」「リカレント」という需要で定員不足を賄える、と楽観視していたのです。留学生もリカレントも需要として限界があることは自明なのにもかかわらずです。
結局、こうした無責任な高等教育政策運営のツケを払わされているのは、学生です。「大学には行くものだよね」という社会通念と大学経営を維持したい大学側、そして文科省の思惑に乗せられ、今や奨学金を借りている学生は全体の半分以上だと言われます。
<卒業生の報酬を公開せよ>
──しかも卒業しても、大卒でしか就職できない仕事に就ける可能性が低い、と。
河村:奨学金を借りても、卒業後相応の仕事に就ければ返済にそこまで困ることはないはずです。しかしながら現実には、大卒相応の仕事に就けず、稼げないから奨学金も返すのがつらくなるケースがかなり多い。これでは大学が何のために存在しているのか、まるで分かりません。
それであれば、ドイツのマイスター制度ではないですが、早いうちから自分の適性を見極め、稼げる道に進んだ方が、どれだけいいでしょうか。
確かに、大学には研究と教育という大きな2つの目的がありますが、前者を追求する学生は相対的に少ない。大多数は、自分の将来を豊かにするため、つまり「稼げるようになる」ために大学に行くのです。このことを忘れてはいけないと思います。
──少子化は凄まじいですから、基本的に大学の数は自然減少すると思います。そうした中で、大学はどう変わっていくべきですか。
河村:今後は、大学の教育成果の透明性を高めるべきです。具体的には、「高等教育の成果」をもっと目に見える形で、客観的に学生に向けて示すのがいいでしょう。つまり、第三者的機関の力を借りて、卒業生の報酬を客観的な立場から全国横断的に調査して、公開すればいいのです。
イギリスでは、大学卒業生に向けて第三者機関が詳細なアンケート調査を実施し、大学の学部・専攻ごとの卒業生の報酬を全英横並びで公開しています。また、在学生への調査も行い、どんな教育が行われているか学生は入学する前に知ることができるのです。
日本でも全国学生調査が行われていますが、内容も「授業の意義を説明してくれるかどうか」「質疑応答があるかどうか」というふうな中身のないものに終始してしまっています。調査の事実上の主体が大学なので、このような意義の乏しい、まるで中学や高校教育を対象としているかのような甘い調査になってしまうのです。確かに、大学側のPRとして卒業生の就職先をアピールするところも増えてきましたが、本当に客観的で公平な指標となるのは、就職先が大企業かどうかではなく、「報酬」に他なりません。
さらに、「大学全入状態」ではもうないようにすべきです。別に良い大学を出て大企業に就職しなくとも、現場叩き上げで会社になくてはならない存在になったり、自分で会社を立ち上げて雇用を生み出したりして社会に貢献する人はたくさんいます。
昨今は高専の価値がやっと認識されてきたようですが、大学以外にももっと多様な進路があること、そして高専がまさに示しているように、本当の意味で時代のニーズに応じて稼ぐ力を子どもにつけさせられるような高等教育の環境を、大人は早期からつくってあげるべきでしょう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/95880
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子供の数の減少に伴い大学の数を減らすことは必然ですが、削減の対象になった大学職員の生活は誰が保証するのでしょうか。民間企業であれば業績不振の場合倒産という結果が待っています。この理屈をそのまま教育機関に当てはめることができるでしょうか。
例えば、全国の公立小学校・中学校・高校では生徒数の減少に伴い学校の再編が行われています。ここ大牟田市では、大牟田市の小学校数は、少子化と人口減少に伴う統廃合により減少を続けています。かつて20校以上あった市立小学校は、平成後期以降の学校再編整備により、現在は16校まで減少しています(特別支援学校を除く)。また中学校数は、少子化と人口減少を背景に統廃合が進んでおり、かつての10校以上から現在の5校へと大幅に減少しました。現在も段階的に再編が進められており、学校運営の適正化が図られています。
また大牟田地区の県立高校は以前は三池、大牟田北、大牟田南、大牟田商業、大牟田農業、三池工業がありましたが、現在は三池、三池工業、ありあけ新世(商業と農業が一緒になった)の3校のみです。
公立の学校職員は地方公務員扱いですので、職員の移動等により生活が保障されますが、私立大学の教職員は民間企業と同等の扱いになるために一部の優秀な教員以外はすべて解雇になるのでしょうか。財務省や文科省はその点を十分考慮して私立大学の再編に取り組んでほしいものです。